北陸の山の中.
しばらく降り続いていた雪が雨に替わり,多少の気温の上昇を感じさせてくれる.
しかし,またすぐに雪に戻るらしい.
今年は本当に雪が多いようだ.
2年前,目黒駅近くの飲み屋で夕飯を食べているときに,隣のテーブルからおかしな会話が聞こえてきたことを思い出す.
「来年は来ますかね」
「いや来ない.再来年だ」
「何でです?」
「だって,雪が足りない」
「再来年は十分なくらいに降るんですか?」
「たぶん降る.シミュレーションしてみた」
「コンピュータも使えるんですね」
「少しだけね」
言葉遣いなどの詳細は違うだろうが,このような内容の会話だった.
ほかの会話は気にならなかったのだが,この会話だけは印象的だったので覚えていた.
印象的な理由は,かなり奇妙な話だったからだ.
少しコンピュータを使えるだけで,今年の大雪を予測できるだろうか.おそらくできない.
大気の流れを計算できれば,前線がどこにあるか予想でき,そこからいつ大雪が降るのか,概ね予想できるだろう.
しかし,大気の流れを知るためには,広範囲にナビエストークス方程式を解き,地球の表面の状態を与える必要がある.しかも2年後の天気を予想するほどの精度を保ちながら.
とてもじゃないが,コンピュータを使える普通の範囲を超えている.
そんな内容をさらっと飲み屋で言ったのだ.
非常に気持ち悪い話で,印象的である.
さらに奇妙なのが,大雪が降ることで,何かが来るという内容だったことだ.何が来るのか全然わからなかったし, 十分な雪によって訪れる何かが想像つかない.
なんだかミステリーチックな話ではあるなぁ,と楽観的にその時は思っていたが,実際に大雪が降った今,そのことを考えると非常に気持ち悪い.
ふと,そんなことを思い出し,友人のGさんに,この話を聞かせてみた.
すると彼はキャラメルを一個,ポケットから取り出し,こちらに見せてきた.
「ここにキャラメルがある.食べるか?」
「いや,いらない」
「そうだろう.つまりそういうことだ」
なにか知っているような顔でそんなことを言い出した.
残念だが,私の友人は,狂っているようだ.きっと仕事が忙しすぎるのだろう.
などと考えていると,Gさんは続けて,ざるを机の上に乗せて,キャラメルをざるの上に乗せた.
何か儀式めいたことをするのかと思ったが,何もせずにざるの上のキャラメルを見つめていた.
普段から気持ち悪いのに,今日のGさんはそれ以上の何かを物語っている.
「カステラ」
ざる上のキャラメルを見つめてカステラという言葉を発した.
なかなかマニアックな見方だ.
「カステラは紙が付いているだろう.紙は食えない.キャラメルは食えるがざるは食えない.それはカステラを意味する.」
非常に強い口調でGさんが言ってきた.
私は「なるほど」以外の言葉を発することができなかった.
そのあと何事もなかったように,Gさんはプログラミングの仕事に戻った.
きっと私が鬱陶しかったので,適当に言葉を発したのだろう.
しばらくすると,隣のせいからグーグーといびきが聞こえ始めた.
Gさんが寝始めたのだ.
それからまたしばらくすると,こんな寝言言い出した.
「おやすみ中華鍋.
フォークリフトの瓶詰を証拠品としてもってきたよ.
熱のこもった木の実を食べれば君も正常だ.
ほら,それが証拠に,今まで泣いてた彼が笑顔だよ」
Gさんはどんな夢を見ているのだろうか.
大雪で呼ばれた何かがGさんをおかしくしてしまったような気がしてならない.
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